#865 『6月14日に生まれた、止まらないこの胸のドキドキ』   #pre     #随想のかけら     10 years ago (magician) Document
「それでは、明日の朝、改めて迎えに参ります」ジャスティー王子の挨拶に返答の言葉をついに返せないまま、マリナはランプを見つめ続ける。
 ……。
 ……。……。
 ……。……。……。
 砂漠の冷たい夜風がマリナの頬を撫でた。マリナは無造作にランプに灯をともすと、日記帳を開いた。

【6月14日 アッサム国のお姫様になった。この砂漠の民の私が。なのに何故だろうか凄く陰鬱な、もの悲しい気分。それなのに、胸のどきどきが止まらないよ。……。チャンスを逃したくなかった? 違う気がする。ただ、ジャスティーを獲られたくなかった。他のダレにもナニモノにも。そんな気がする。そう、哀しかったの。だって、ジャスティーが私に「惚れてはおりません」って言った。そう言えば、一言も「好き」だとか「愛している」だとか言ってはいなかったな。ただひたすらに「姫になって下さい」ってばかりでさ。それなのに、どうして私は結婚を受けたんだろう。無意識に贅沢な暮らしに惹かれたのかな。チャンスを逃がすまいとしたのかな。それともジャスティーとの接点を失いたくなかったのかな。例え形ばかりのお姫様だとしても。……。どうしよう、よく分からなくなってきた。自分の気持ちが分からないよ。誰か助けてよ。……。……。

 そうだね、ギーピ君。キミがいたね。さて、Piggydb式日記帳ver6.12パーソナルネーム「ギーピ」君? どうやって私を助けてくれるの? ……。そうだね、『ドアコン』作ってみようか。きっと、明日からは周りに流される日々がどうしたって続くのだろうから。せめて、自分の気持ちぐらい、大事に育てて上げたいものね。】

【6月14日に生まれた、止まらないこの胸のドキドキ 
ーお姫様になれることへの期待感?
ーーお金持ちの生活への憧れ? 
ーーーチャンスの神様の前髪をちゃんとつかめた自分への興奮?
ーー舞台で演じてきたプリンセス・マツリカが現実になる喜び?
ーーー苦労ばかりの砂漠の民の生活から解放されることの達成感?
ーやっぱりジャスティー?
ーー私、もしかしてジャスティーのこと、もう好きになっちゃったの?
ーージャスティー王子の横でドレスを着るプリンセス・マリナ……ステキかも。
ーじゃあ、何故こんなに哀しいの?
ーージャスティーが私に「惚れてはおりません」って言った。
ーーーそもそも、「好き」だとか「愛している」とか一言も言ってくれなかった。
ーーーーただ、私を「お姫様」として便利に使いたいだけなんだ。
ーーーーーそんなの、ヤダよ、寂しいよ。
ーーーーーーでも、それでもジャスティーのそばに居たいよ。離れたくないよ。
ーでも、ジャスティーのこと、本当に好きなの? 他の王子様でもやっぱりときめいちゃうんじゃないの? 私?
ーーそんなの、分かんないけど。でも、逆に、王子じゃなくても、ジャスティーのこと好きなの?
ーーー真剣に私にプロポーズする彼、格好良かったなぁ。
ーーー無邪気に笑う笑顔が、とっても可愛かったなぁ。
ーーーなんだろう? 出会ったばかり、ほんのつかの間一緒にいたその時間がとっても温かで幸せだった。
ーーーーまるであのアッサムのロイヤルミルクティーのように
ーーーーー「「純白のドレスで着飾ったアッサム姫の温かな幸せを飲んだあなたにもお裾分け」」
ーーーでも、ジャスティー私に寝ていた私にいきなりキスしたんだよ、ほっぺとはいえ。
ーーーージャスティーはエッチだ。
ーーーーでも、そのキス、されて全然イヤじゃなかった気がする……。
ーーーーーもしかして、私、あの時から……。
ーーーーーーイヤイヤイヤ、私はホッペにチューの一発ぐらいで落ちる安い女だったのか?!
ーとにかく、今は混乱しているんだから。落ち着こう。
ーー今はとにかく決めつけないこと。玉の輿への興奮でも、お姫様への憧れでも、……ジャスティーへの恋心でも、それのどれでもないのかもしれない。大事に、大事に、育てていこう。この『6月14日に生まれた、止まらないこの胸のドキドキ』を。】

【6月15日 珍しく夜明け前に目が覚めた。ほとんど寝付けなかったような気がする。……まだ胸のドキドキが止まらないよ。】

【『6月14日に生まれた、止まらないこの胸のドキドキ』
ー女優として、自分の演技が認められたことの喜び?
ーー冷静に考えてみたら、スカウトされているようなものだよね、女優として。それって凄いことじゃん!
ードアから去っていくジャスティーの背中が忘れられない。
ーーやっぱりジャスティーのこと、好きになっちゃったのかも。
ーーー思い返したら、腹が立ってきた。ジャスティー王子様? 乙女の気持ちをなんだと思ってるの?!
ーそうか、このドキドキは礼儀知らずなジャスティー王子様への乙女の怒りなのかもしれない!?
ーー大体、何よ! 「お好みの執事の一人も差し上げる覚悟です」って! 端から仮面夫婦する気満々?!
ーーっていうか、私、どんだけ安い女だと思われてるわけ?! 本当にムカついてきた!
ーー……もしも、私に執事を押しつける代わりに、自分はメイドに手を出す気だったら……。
ーーー絶対に許さないんだからね! アッサム国王子、ジャスティー!】
 
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