イメージを共有出来ていれば、情報の断片でも理解を得られるかもしれない

実は今、私の頭の中に知的生産の技術に関する1つのアイデアがあります。しかし、その手法を紹介するためだけにサンプル例を探して実践する時間の余裕が、残念ながら今の私にはありません。
最後の図解化から文章化ですが、ここにはまずこの作業自体をそもそもやろうとしないという決定的な問題があります。KJ法を単なる情報の整理法だと考えている人に特にこの間違いをする方が多いのではないかと思います。
又、上記で書かれているようにKJ法や発想法のゴールは文章化だそうなので、piggydb.jpで文章で説明できるレベルにまで、自分のプライベートなPiggydbで実践を重ねたら、その時に紹介させて頂きたいと思います。
ただし、そのアイデアはmarubinottoさんが抱いている今現在抱いているイメージに類似しているかもしれない、という気がしています。元々、marubinottoさんが最近仰っていること、そして過去に仰った内容にとても刺激を受けているので、類似することは決しておかしくないのですが。ここで伝えたいことは、イメージが類似している、していない、オリジナルの画期的な発想か否か、ということではありません。
もし、marubinottoさんのイメージと私のイメージが類似していれば、すなわち、私がmarubinottoさんのコメントの意図の少なくとも一部を理解していることになると思います。逆に言えば、もし両者が類似していれば、私のアイデアの断片だけを紹介しても、marubinottoさんには理解して頂けるかもしれない、ということです。
その可能性を信じて、この後のフラグメントからそのアイデアの簡易な説明をpiggydb.jpで行わせて頂きたいと思います。その説明は、Piggydbを実際に使わないと実現できないものになるからです。また、普段はウェブ上と言うことで自粛している、Piggydbらしいフラグメントの使い方をさせて頂きたいと思います。
一連の説明が終わりましたら、終了宣言をさせて頂きますので、少しだけ私に説明の場をお貸し下さい。どうぞよろしく御願い頂きます。

『ドアコン(仮称)』(ID801番)

 まさにその瞬間、彼の脳裏にハッとイメージが浮かんだ。そのイメージこそ、今彼の脳内宇宙を駆けめぐっている疑問への答えそのものである。と、彼は理屈抜きに確信していた。彼はそのイメージを脳内宇宙で何度も反復し、暗唱し、そのイメージを確かな言葉、キーワードとしてから、おもむろに明かりをともした。のっそりと体を起こすと、枕元から愛用のメモ帳を取りだしお気に入りのペンでそのイメージのキーワードを書き記した。
「――――」と。
 そこで、彼はふと思いとどまった。このイメージは本当にキーワード、問題を解く鍵そのものなのだろうか。むしろ、ドア、入り口のようなものではないか。そう思い立った瞬間彼の脳内宇宙に知的快感が波となって押し寄せた。新たなイメージ達が、次から次へと波に乗って彼の脳内宇宙に押し寄せてきた。
 ドア。入り口。鍵。ゴール。ドアは1つか。いや複数だ。ドアの集合体。コンプレックス。ドアコンプレックス。シネコン。シネマコンプレックス。ドアコン。ドアコン、これこそが新しいキーワードだ。いや、またキーワード? それじゃあ矛盾する。座標。ID。固有識別番号。無感情。先入観の排除。キーワードは先入観を招き、想像力を阻害する。本当にこのイメージはドアコン、だけなのか。驚異の部屋。(博物学)。新鮮な素材。たくさんの様々な種類の新鮮な素材。市場。食材の市場。青空市場。うん、やっぱり多数のイメージがある。座標。そうこのドアの座標だけがあればいい。その座標からたくさんの四次元ドアが広がっている。! タグフラグメント。名前のないタグ。フラグメント番号を機械的にIDとして割り振れば。やっぱりPiggydbはスゲェ。スゲェよ。タグフラグメント。名前のない括り。タグフラグメント。・座標ID。・ドアコンプレックス。・キーワードは付けない。・ゴールではなくこれが、入り口。・先入観を排除し、想像力の広がりを。・食材の市場。タグフラグメント。・座標ID。・ドアコンプレックス。・キーワードは付けない。・ゴールではなくこれが、入り口。・先入観を排除し、想像力の広がりを。・食材の市場。タグフラグメント。……。
 ひとしきりイメージの波が落ち着いた後、彼はまたそのイメージを思い返した。
 一度、二度。
 最初からもう一度。
 どんな風に連想したのか、ゆっくりと思い出した。
 ふーっと深呼吸を挟む。
 そして、もう一度イメージを反芻する。
「……よし、もう大丈夫だ」
 彼は、自分の脳内宇宙が、最低限の落ち着きを得て、仮組みではあるがイメージを構造的に記憶できたことに安堵感を覚えてペンを取った。その時、彼の脳内宇宙に知的快感の余韻はもう無かった。彼の脳内宇宙では大迫力のビッグウェーブだったが、現実世界の紙にインクを引けば、それがとてもちっぽけなものに見えた。それが文字だろうが、絵だろうが、図解だろうが、皆同じ事だ。A6のメモ帳の見開き1ページ。客観的に見てまさに手のひらサイズだ。
 客観的。
 そう、彼はもう自分のアイデアを客観的にみれるまでに落ち着いていた。先ほどまでの彼は、自分が天才だと錯覚していたが、今はもう正常だ。彼は自分が凡人であることをよく知っている。あいにく、彼は酒を飲んだことがなかったが、『酔いが覚める』とはまさにこういう気分を指すのだろう。
 だが、彼は知ってもいた。複雑怪奇で入り組んだアイデアの方がいかにもかっこよさそうだが、現実に役に立つのは、短く小さく圧縮された情報であること。シンプルで分かりやすい組み方をされたアイデアであること。
 そして、分かっていた。それでもそのアイデアは現実の世界において、とてもちっぽけなものであるとも。現実には、同じように圧縮され、シンプルに組み立てられた情報がたくさん集まって、本になり、辞書になっていることを。だから彼は謙虚に素直に、そしてポジティブに思った。
「良い道に向かって、一歩前に進めた。今日は良い日だなぁ」

----

作者注。

この描写は長いです。後半部分は1フラグメントに1コンテキスト、という原則から見たら蛇足。後半部分があることで、複数のコンテキストが存在してしまっている。ただ、ストーリーの余韻としてはあっても良いかなと思い、残しました。

また、後半部分のコンテキストも知的生産に関する素敵なコンテキストである気がしていますし、また前半部分のコンテキストとのつながりも大事に記録しておきたいとも感じています。

キーワードを定めてしまうと、イメージが固定化され、想像力を阻害するかも。 → ...

  • キーワードに取って変わる新しい概念のイメージの創出。
    • キーワードはイメージを固定化し、想像力を阻害する可能性がある。
『キーワード』←→『ID801番

ドアコンから様々な世界を一望しよう → ...

驚異の部屋、そのドキドキとワクワクの源泉の秘密とは?! → ...

自然物も人工物も珍しいものなら分野を隔てず一所に取り集められるのが特徴で、その収集対象も、珊瑚や石英を加工したアクセサリーや、アルチンボルドを始めとする奇想を描いた絵画、(しばしば架空の)動植物の標本やミイラ、巨大な巻貝、オウムガイで作った杯、ダチョウの卵、イッカクの角(ユニコーンの角だと思われていた)、象牙細工、ミニチュア細工、錬金術の文献、異国の武具、数学や医学用の道具、天球儀や地球儀、オートマタ、東洋の陶磁器、聖遺物やアンティークなど多岐にわたる。

受け手に興味を持ってもらえる仕掛けを → ...

少し前から、「続きはWebで」というCMが増えましたよね。私はCMこそ、その道のプロフェッショナル集団が作った究極の「シンプル・イズ・ベスト」の1つだと考えています。
ただ、ここで問題となるのは、シンプルであるというのは単に要素が少なければいいということではなく、本質的な部分を残して不必要な部分を捨てるということです。これはトレードオフの伴う大量の選択肢の中を、悩みながら試行錯誤した経験のある人しか辿り着けない境地です。シンプルにするというのは、物事の本質を見抜いてその構造を抜き出す作業なのです。生半可なことではできません。
そのCMにおいて、「続きはWebで」という形が増えてきたことは、CMという情報の出し手と受け手の両者に「少しでも正確なコンテクストを伝えたい・理解したい」という潜在的な意識が芽生えてきたことの1つの兆しではないでしょうか? もちろん、マーケティング的な面も大きいのでしょうが、私自身はそう感じています。
私がID番号801で提案している概念は、この「続きはWebで」にも非常に近いものになると思います。「受け手にピンポイントの解答を与える」キーワードから「受け手に興味をもたせる仕掛け」ID番号801に変化してきているのだと私は考えています。言い換えれば、以前のCMなら「こういう状況ならコレを買え」といきなり答えの商品そのものを提示してきましたが、最近のCMでは、まず「受け手に興味を持ってもらおう」、「受け手に今がどういう状況なのか改めて考えなおす機会をもって欲しい」といった風に変化してきているように感じます。
特に現代のようなローコンテクストな社会では、CMの短い時間で受け手が正確なコンテクストを理解するのは、大変に難しくなってきていると思います。(ターゲティングの問題はもちろんありますが)そこで、情報の出し手がCMで伝えたいコンテクストを理解する時間を受け手にもってもらうために、受け手に興味を持ってもらえる仕掛けをするようになったのだと、私は思います。(情報の出し手がプロフェッショナルであっても、受け手が一般人である以上は、正確なコンテクストの理解にはある一定の勉強の時間がどうしても必要になると、私は思います)

「鉄は熱いうちに打て」を目標に、情熱を持って取り組むこと → ...

こんばんわ、magicianです。
おお、スゴい。行動が早いですね〜
ありがとうございます。「鉄は熱いうちに打て」を目標に、情熱を持って取り組むことが、私なりの知的生産への向き合い方です。単純に脳内のイメージ記憶力が低いので、日数を経てしまうと忘れやすくなってしまうというのが大きな要因ですけれどね。最近は、字を丁寧に書くようになり、またメモの取り方そのものも向上してきたので、少しずつ日数を置いても大丈夫になってきましたが。
なので、「コンテクスト」のような抽象的な語に遭遇した場合は、辞書的な意味だけで分かったつもりにならずに、とりあえず判断を保留しておくのが重要なのではないかなと個人的には思います。
判断を保留しておく手段としてPiggydbを活用していくのも面白そうですね。

無理矢理に既存の言葉を当てはめる危険性 → ...

いつも長文を丁寧に読解して頂きまして、本当にどうもありがとうございます。お風呂の中で改めて考えていたところ、いろいろヒントが見えてきました。
どうやら、又「自分の中に新しいコンセプトの芽(新しい言葉が必要)が生まれているのに、それに気付かずに無理矢理に既存の言葉を当てはめることで、自他共に誤解を招いてしまう」という状況だったみたいです。marubinottoさん(今後はこう呼ばせて頂いても宜しいでしょうか? それともDaisukeさん、それともMoritaさんの方が良いでしょうか? ‏)のピンポイントなアドバイスによって、また1つ自分の頭の中を整理するきっかけを頂きました。本当にどうもありがとうございます。
暗記、という言葉の周辺に関して、整理できたらお伝えできればと思います。

→ ...

magicianさん、これ面白いです。このフィクション形式の話を展開させたらどうなるのか読んでみたいと思っちゃいました。
magicianさんの止め処ない思考の軌跡を表現するにはこういった形式が最も適している(読みやすい)ような気がします。このような時系列に展開して行く随想的な話が主系列としてまずあって、その傍流として、そこで発見された様々なアイデアが配置されるみたいな。
続きを期待しております(なんちゃって)
フラグメントに1コンテキスト、という原則
そこは最初はこだわらなくてもよいと思います。むしろ最初から分割しようとせずに、必要に応じて分割していく方が良いかなと。分割して一つのフラグメントになるということは、その情報がそれだけ重要になってきたという文脈があってこそなので。

つながりが増えたら、そのフラグメントのタイムスタンプを更新して欲しい。 → ...

こんばんわ、magicianです。marubinottoさん、改めて多量の投稿を受け止めて下さり、本当にどうもありがとうございました。気合いの入った投稿だったので、読んで頂き、反応を頂けることがとても嬉しいです。
レスと感謝と情熱を返したいフラグメントがたくさんありますが、まずは、#846から返しますね。
その為に、まずいくつかのフラグメント間のつながりを増やしたので、確認して頂けますか。
(個人的にはやっぱりフラグメント間のつながりの追加や変更、つながりの順番の並び替え、などは重要な要素となります。ですので、それらが行われたフラグメントのタイムスタンプが更新されるようにして、更新順で表示したときに上位に来るようにして頂けると、本当に嬉しいです)
ちなみに、今つながりを作る時、#784 Piggydb 6.12 リリース - 「IDによるピンポイント検索」の機能が、凄く便利でした。やはり、ID番号をフラグメント番号と一致させたのは、正解でした。一見、地味だけど、本当に便利な機能をどうもありがとうございます。

ID801番は分からない場所を示す印であり実際に使用して始めて意味がある。 → ...

#816 ID816番」のフラグメントで表現されているものを、もうちょっと具体的にご説明頂くことは可能ですか?例えば、7個のフラグメントがぶら下がっていますけれど、何故その7つなのか?
まず、始めに、実際にID816番を使われたフラグメントとの関連を示していなかったことで、本人以外には非常に分かりにくいものになってしまい、申し訳ありませんでした。現在は、実際に使われたフラグメントとの間に双方向つながりを作成してあります。
そして、その実際の使用例が以下になります。
#728_事後的に発見されるアイデア
とは何か? それは、「”つながり”で構造付けられたフラグメント群の『ID816番』がタグフラグメント化した時に発見されたアイデア」の事ではないだろうか?
  • #812 事後的に発見されるアイデアとは? より引用。
もしくは、「「”つながり”で構造付けられたフラグメントの『ID816番』がタグフラグメント化するまでの"一連の過程そのもの"」に価値があるのではないでしょうか?
  • #813 一連の過程そのものに価値があるのか? より引用。
又、以下のフラグメントも同じ流れの中にあるので、紹介します。(ID816番との双方向つながりも作成しました)
いや、きっと「"昇格したタグフラグメント※1"で括られた"つながり”によって構造付けられたフラグメント群の集合」の価値の方が、「"昇格したタグフラグメント"」そのものよりも価値があるのでしょう。言い換えるならば、"アイデアを実現する過程で蓄積した文脈"の方が、"アイデアそのもの"、"アイデアのネーミング"、"アイデアの説明"よりも価値があるということではないでしょうか?
以上をふまえた上で、ID816番のイメージを想像しては頂けますでしょうか?
私自身が「”つながり”で構造付けられたフラグメント群の『ID816番』がタグフラグメント化する」経験をほとんどしていないので、これ以上の説明は難しいです。どんなフラグメントタグフラグメントに昇格するのか、あまり実感がないのですね。なので、とりあえず思いつくままに、7つのフラグメントをイメージの材料としてつなげておくことにしました。
逆に言えば、ID816番の本文が空白であること、そのものに意味があるわけです。「私はこのことについて分かりません、でもどこが分からないのかは分かっています」ということを示したいわけです。
これはどちらかというと、ID801番の使い方に関わる問題な気もします。そして、それに関して、私にとっても新しい手法なので説明不足が合ったこと、改めてお詫び申し上げます。

ID801番は名前のないタグフラグメントを使った疑問点の明示の仕組みそのものです。

ID801番は、名前のないタグフラグメントを使って、「私はこのことについて分かりません、でもどこが分からないのかは分かっています」という事を表す仕組みそのものについてのイメージです。
その後の、ID810番ID816番は実際にその仕組みを使って、別のイメージについて「私はこのことについて分かりません、でもどこが分からないのかは分かっています」を示しているフラグメントです。

『ID#810』をする=◯◯◯◯をする、イメージを#810フラグメントとその周辺から考えて下さい。 → ...

以後は、『ID#801』,『ID#810』,『ID#816』等という風に入力、表記していきたいと思います。これが一番シンプルで楽だと感じたので。(自動でリンクが張られるので)。
極端な話、単に#801だけでも話は話は通じると思うんですよ。例えば、
どちらも、-"つながり"で『構造』を作り、"タグフラグメント"で◯◯◯◯をする。という◯◯◯◯の間の言葉を#810フラグメントとそれにつながるフラグメント、それを規定するタグなどからイメージして下さい、よろしく御願いします、という事なので。ただ、他の単語との最低限の差別化のための飾りは必要かなと考え、『ID#801』とすることにしました。
IDをQID(Question ID)にしようかなとも一瞬思いましたが、そもそもQuesutionとは限りませんし、この仕組みの名称自体、『ID#801』で思案中な訳なので。
時間もないので特に遡って表記を修正したりはしませんが、今後はそうしていきたいと思いますので、どうぞよろしく御願い致します。

『ID#45』 | davinci note

#801 『ドアコン(仮称)』(ID801番) にタイトル画像を付けた同内容のものを、以下のサイトでもアップしています。宜しければ覗いてみて下さい。
※IDが801では無く、45なのは私のプライベートのPiggydbで使用している番号だからです。

『6月14日の紅茶の味』 → ...

 マリナの本職は女優だ。オアシスの街であるレインボータウンは、交通の要所である。その周辺の砂漠の民は例え、直接オアシスの水を味わうことが出来なくても、たいていは間接的にオアシスの恩恵を受けている。マリナの場合は、オアシスからオアシスへ行商の旅を続けるキャラバンのお偉いさんを楽しませる舞台を演じることである。
 金銭の契約は無いが、衣装は貸してもらえるし、何より舞台上での飲み食いは全て本物だ。がっつきたくなるのを我慢して優雅な姫君を演じきる事ができれば、また次の舞台でも女優として呼んでもらえる。
 こんな機会でもなければ、結婚式でも着ることが出来ないようなドレスを身にまとい、当たり前のように水が添えられた食事を楽しみ、食後の紅茶を嗜む。まさに夢のような一時。

 【6月14日 今日の演目はまた"嘘と姫と魔法の絨毯"だった。マツリカ姫を演じられるのは、本当に幸せだと思う。でも、やっぱり、目の前におかわりだってしていい水があるのに、それを無視して、テーブルマナーで一杯の頭で羊のステーキを切り分けるのはツライなぁ。でも、今日は良く水を2杯で我慢できたね、アタシ偉いぞ。でも、冒頭のアラベルとの出会いはちょっと反省。演じるのは何度目でも、作中では初対面なんだから、もっと新鮮な驚きを表現しなくちゃ。……。反省終わり。それにしても今日の紅茶は美味しかったなぁ。『6月14日の紅茶の味』は本当にステキだったなぁ】

 日記を書く手を一休みして、マリナは繰り返しの回想にふけった。香り、色、茶葉、味、喉ごし、その時の気持ち等々、じっくりと思い出していく。そしてページをめくると、『6月14日の紅茶の味』と題して、ペンを動かしていく。

【『6月14日の紅茶の味』
 ー「今宵の茶葉はアッサムかしら? 芳醇な風味がミルクに良く合っているわ」
 ー甘い芳醇な香気は、香った者の心をほんのりと幸せにしてくれた。
 ー温かな人肌のような色が、白い陶器のカップに浮かぶ様は、心をおだやかにしてくれた。
 ーミルクを入れても、紅茶の旨みがちゃんと残っていた。ミルクの甘みと紅茶の旨みが恋人同士のように解けあって一対となって、舌の上を通る。飲み応えのある濃厚な味は、でも喉ごしはさわやか。飲み終えた後も口の中にじんわりと、ミルクティーの幸せが漂っていた。
 ー今日の紅茶の入れ方はロイヤルミルクティーと呼ばれる入れ方らしい。ロイヤル。まさに姫君が飲むに相応しい優雅さだったなぁ。
 ーーロイヤル、王族が飲むからじゃなくて、味そのものが優雅。だいたい、ミルクを入れても茶葉が負けないって言うのは凄いことだよね。高価なドレスを着ても、本人が負けないオーラをもっているお姫様みたいっていうことだよね。

 →『6月14日の紅茶の味』:『純白のドレスで着飾ったアッサム姫の温かな幸せを飲んだあなたにもお裾分け』】

Piggydbを"らしく"使いたかったら、まずは"つながり"から始めてみよう

"つながり"で『構造』を作り、"タグフラグメント"で『ID810番』をする。

事後的に発見されるアイデアとは?

アイデアとその実現を別々に考える、というのは、おそらく今でも多くの人にとって自然な考え方でしょうし、特に組織においては支配的な考え方だと思います。まずブレインストーミングなどでアイデアを出すフェーズがあり、そのアイデアに対して評価を行い、その後に、良さそうだとされたアイデアの実現に向けて行動を開始する。
しかし、実際はそのようなやり方が機能することはほとんどなく、組織で生み出されるものは概して流行を追いかけるものばかりだったりします。
現代において新しくて価値のあるものを生み出そうとするなら、ほぼ例外なく、探索的な手法を取らざるを得ないのではないかと思います。トライアル&エラーで常に学習しながら軌道修正していかざるを得ない。その探索の結果を後からまとめたものがアイデアとなる、つまり、そのように事後的にしか発見し得ないのが画期的なアイデアだと思うのです。
探索的、というのは進捗が堂々巡りになったときのクリエーターの言い訳にも聞こえますが、今では探索的な手法を如何に制御可能にするか、予測可能にするかという観点に立ったプロジェクトの管理手法も多く提案されていますし、今後ますます重要な考え方であることは間違いありません。
とは何か?
それは、「”つながり”で構造付けられたフラグメント群の『ID816番』がタグフラグメント化した時に発見されたアイデア」の事ではないだろうか?

一連の過程そのものに価値があるのか? → ...

この話は結構重要だと、個人的には思っているのですが、価値のあるアイデアというのは「思いつき」とは違うものだと思います。なので、アイデアを発想する、という表現にも若干違和感を感じます。これは以前にもちょっと書きましたが、その背後に膨大な文脈があることが重要なのであって、おそらくアイデア自体に価値はありません。アイデアと呼んでいるものは基本的に後知恵でしょう。
もしくは、「「”つながり”で構造付けられたフラグメントの『ID816番』がタグフラグメント化するまでの"一連の過程そのもの"」に価値があるのではないでしょうか?

昇格したタグフラグメントは象徴であり、価値はそれが象徴する中身そのものにある → ...

いや、きっと「"昇格したタグフラグメント※1"で括られた"つながり”によって構造付けられたフラグメント群の集合」の価値の方が、「"昇格したタグフラグメント"」そのものよりも価値があるのでしょう。言い換えるならば、"アイデアを実現する過程で蓄積した文脈"の方が、"アイデアそのもの"、"アイデアのネーミング"、"アイデアの説明"よりも価値があるということではないでしょうか?
つまりこれは、価値があるのは、アイデアの方なのか、それともそれを実現する過程で蓄積した文脈の方なのか、という話ですね。
これに対して、文脈重要派が、アイデアは実現しなければ価値がない、という場合、それはいいアイデアを実現すると必然的に価値のある結果が得られるという意味ではなく、蓄積された文脈の価値によって、結果の重要性が左右されるという意味になります。
  • #785 「アイディアの価値」

※1"つながり"によって構造付けられたフラグメントが"タグフラグメント"化したタグフラグメントを、ここでは仮に"昇格したタグフラグメント"と呼び、"生まれつきのタグフラグメント"と区別する。
※2過去のPiggydb.jpで使われていた単語に合わせて、変身を昇格に修正。

→ ...

#816 ID816番」のフラグメントで表現されているものを、もうちょっと具体的にご説明頂くことは可能ですか?例えば、7個のフラグメントがぶら下がっていますけれど、何故その7つなのか?

→ ...

camiです。
Evernoteの場合は、input-and-searchが基本で、organizeはあくまでオプショナルになる。なのでorganize機能を充実させるのは、いたずらに複雑性を増すだけなのかなあと。
これはその通りだと思います。
Evernoteの講習会が開かれており、そのまとめブログを眺めることもあるのですが、整理をするなら「複雑な工夫」が必要になっているという印象を受けます。
複雑な工夫をせずに、自然にできるのが理想なんですが、数学的に否定されてしまっていると…。
私事になりますが、Piggydbを使って、「整理」と「学習」できたと感じられたことを一つ。
私には現在、要介護の身内がいます。
金銭的な問題も抱えています。
そして私自身も病院通いの生活です(以前、なかなかコメントしにくいと言ったのはこれが原因でした…)。
まず、一つの問題を解決しようと、対処方法、参考資料などを集めていきました。
そうしているうちにタグフラグメントが浮き出てきて、ある程度の形になりました(「問題の整理」)。
それを、現在抱えている各問題に対して行ったところ、共通するフラグメントが見つかりました。
「もしかしたらこれが核になるかもしれない」と思い、それをまたタグフラグメント化して、付近のフラグメントにタギングしていくと、解決の糸口が見えてきました。
そうこうしているうちに「自分を守りつつ介護する方針」が立ちました。
これはPiggydbのおかげです。
非常に感謝しております。
…で、この流れこそが「整理に対する恣意性」と「学習」ということでいいのでしょうか?
ただ、それはもしかしたら「同時期に複数の問題を抱えていた」という認識があったからこそできたのかもしれません。
たとえば各問題が別々の時期に発生し、時系列として遠く離れたフラグメントからヒントを得なければならない状況だと、この方針を見つけ出せなかった可能性もあります。
結局のところ、そういう関連性を見つけ出すのは脳内の作業です。
そう考えると、距離の大きなフラグメント同士の関連に気付くためには、やっぱり大局的な視点が欲しい気がします。
タグフラグメントを駆使するにしても、タグフラグメントの量自体が増えすぎるという問題も発生しますし。
情報の量と視認性はトレードオフの関係になるわけで、難しい問題なんですよね。

まずはとことんツナガリだけで構造化してみよう

結びの言葉に代えて。
  1. Piggydbを図解風にボトムアップ思考で使いたいなら、まずはとことんまでツナガリだけを使ってフラグメントを構造化することに挑戦してみよう。
  2. その中で、これだけは特別な関係だ、これは俺だけの閃きだ、これは私だけの新鮮な発見だ、というフラグメントの構造を見つけたら、そこだけ特別にタグフラグメントを使って、『ID810番』をしてみよう。
    1. このとき、既存のツナガリを削除する必要はない。ダブって良い。それが二重構造。だからこそ、『ID810番』。

これにて、#800から始まった一連の簡易説明を終わりたいと思います。皆様、お付き合い頂きまして、本当にどうもありがとうございました。
あくまでも、まだ今の段階では、私の脳内シミュレーションを行っただけの思いつきに過ぎません。いろいろと粗やケアレス発想などあるかも知れませんが、試してみる価値のあるアイデアだと自分では思っています。
早足で簡易な説明となりましたが、私の意図がmarubinottoさんやPIggydbユーザーの皆様に僅かでも伝わり何らかのヒントとなれば幸いです。
改めましてmarubinottoさん、素敵な知的生産ツールであるPiggydbを開発し続けて下さり本当にどうもありがとうございます。
P.S.
Piggydbユーザーの皆様に知の実りがありますように。

実験的に"つながり"をツナガリとカタカナ表記してみました。どうも、つながりだけは平仮名なので、他の単語と比べて、浮くんですよね。だから""と強調するのが癖になってしまっています。ただ、つながりが平仮名で表現されていること、他の単語と少し違うこと、それ自体にもなんとなく意味を感じたりする瞬間もあるんですよね。

イメージを共有出来ていれば、情報の断片でも理解を得られるかもしれない → ...

実は今、私の頭の中に知的生産の技術に関する1つのアイデアがあります。しかし、その手法を紹介するためだけにサンプル例を探して実践する時間の余裕が、残念ながら今の私にはありません。
最後の図解化から文章化ですが、ここにはまずこの作業自体をそもそもやろうとしないという決定的な問題があります。KJ法を単なる情報の整理法だと考えている人に特にこの間違いをする方が多いのではないかと思います。
又、上記で書かれているようにKJ法や発想法のゴールは文章化だそうなので、piggydb.jpで文章で説明できるレベルにまで、自分のプライベートなPiggydbで実践を重ねたら、その時に紹介させて頂きたいと思います。
ただし、そのアイデアはmarubinottoさんが抱いている今現在抱いているイメージに類似しているかもしれない、という気がしています。元々、marubinottoさんが最近仰っていること、そして過去に仰った内容にとても刺激を受けているので、類似することは決しておかしくないのですが。ここで伝えたいことは、イメージが類似している、していない、オリジナルの画期的な発想か否か、ということではありません。
もし、marubinottoさんのイメージと私のイメージが類似していれば、すなわち、私がmarubinottoさんのコメントの意図の少なくとも一部を理解していることになると思います。逆に言えば、もし両者が類似していれば、私のアイデアの断片だけを紹介しても、marubinottoさんには理解して頂けるかもしれない、ということです。
その可能性を信じて、この後のフラグメントからそのアイデアの簡易な説明をpiggydb.jpで行わせて頂きたいと思います。その説明は、Piggydbを実際に使わないと実現できないものになるからです。また、普段はウェブ上と言うことで自粛している、Piggydbらしいフラグメントの使い方をさせて頂きたいと思います。
一連の説明が終わりましたら、終了宣言をさせて頂きますので、少しだけ私に説明の場をお貸し下さい。どうぞよろしく御願い頂きます。

つながりの構築に掛ける手間、タグとの二重構造、はムダではない。 → ...

おはようございます。magicianです。昨日の投稿から一日が経ち、自分の中でいろいろと整理が出来てきたので、少しmarubinottoさんのコメントや、Piggydb.jpからの引用を中心に、昨夜の一連の流れを補足したいと思います。というのも、昨日の一連の投稿は、要するに私の中でmarubinottoさんの過去の発言意図がようやく"生の理解"されはじめてきたことだと感じているからです。今、過去のmarubinottoさんの発言を読み返すと、新鮮な驚きがたくさんあります。まずは、Piggydbが考える二段構えの知識構築より。
Piggydbが考える二段構えの知識構築
最近、Piggydbをバリバリ使っているのだけど、これは本当にいいものだなあと、恥ずかしいぐらいに自己満足なんだけど、思ってしまう今日この頃。
ちょっとした調べものなら、タグなど使わずに、つながりだけを使ってゆるく情報を構成していくだけでも、かなり便利に使える。
まずは調べたいテーマを表すフラグメントを作ってから、その下に入手した情報をぶら下げていく。大切なのは、テーマの下にいきなりカテゴリや区分けを表すフラグメントを作らないこと(始めから構成を固定してしまう人がかなり多い)。最初はとにかく手に入れた情報をそのままぶら下げていく。そして、ある程度フラグメントの量が増えてきて見通しが悪くなって来たなと感じたら、どうやって整理するかを考える。このようにして、自己発生的にツリーを構成していくのが基本になる。
単に情報をツリー上に構成していくだけだったら、あらゆるツールでできる、それこそテキストエディタでも可能なんだけど、Piggydbの本領はその先にある。例えば、重要だけどツリーの深いところにあるフラグメントに対して、上の階層のフラグメントから直接つながりを作ったり(これは本当によくやる)、既にできあがった階層の中を横断するようなグループ分けを新たに作ったり。サブフラグメントの順序を気軽に並び替えられるのも便利で、いろいろ考えながら、並び替えたり、整理したりするのはなかなか楽しい。
ここまでの、情報を収集して整理するプロセスだけでも結構使えるのだけど、その先に従来とは違う「タグ」の世界がある。集めた情報から何かを立ち上げていくプロセスである。これについては、いずれきちんとした説明を書かないといけないんだろうと思う。
情報を沢山集めて、その中からある結論(コンセプト)を立ち上げる、そういった知識構築を行う場合は、つながりだけでは不十分で、コンセプトの中核を成す構造と、それらを根拠づけるための材料となる情報との区分けが必要になってくる。中卒の自分が言うと説得力がゼロなんだけど、学術論文とかはそのように書かれるものだと自分は理解している(書いたことないけどね)。
こういった知識構築術というのは、学者だけではなくて、ジャーナリストや批評家、さらには小説家のような創作に関わる人たちでも、意識的、あるいは無意識的に行っているはずである。
このいわゆる二段階の情報構成という観点からは、まだまだ機能の改善が必要なのだけど、V5.0で行ったタグフラグメントの導入がいかに重要だったかというのは、このような理由によるわけだ。
ただ少なくともPiggydb.net周辺の議論では全く理解されている雰囲気がないので、より機能を洗練させていかなくてはならないし、説明も必要だと思う今日この頃な訳である。
この記事の内容が今ではすんなり理解できます。今、思えばこの記事も何度も読んだのに、なぜ今のように理解できなかったが不思議ですが、それはおそらく「つながりとタグが重なることへの違和感」が合ったんでしょうね。一見、非効率的なやり方なのですよね、この記事のやり方は。基本的に、情報の入力を効率的に、マニュアル的に行うならば、最初の記事入力の段階でタグで整理していった方が、効率的なのですよ。
また、Piggydbを使っていく内に、どうしてもぶち当たる壁の1つに、「つながりでもタグでもどちらでも表現できる情報の構造を"どちらで"表現するか?」というものがありますが、その考え方がそもそも違っていたんですよね、多分。今の私なりの答えは、「基本的には、つながりで作り、その上で必要ならばタグID810番していく。両者が重なるというムダ、非効率さこそが、実はPiggydbの二重構造の本当の価値」です。
なので、「Piggydbにおける情報入力の効率性」の優先度を大幅に引き下げた最近の私だからこそ、この記事をすんなり理解できるようになったのだと思います。やはり、良いものにはそれなりの手間を掛けるべきなのでしょう。(逆に、情報入力の効率性を突き詰めたら、Evernoteで良いと言うことになるので、この非効率性こそがPiggydbの差別化ポイントであり、隠された利点、なのではないでしょうか。もちろん、Piggydbが情報入力のインターフェイスを改善し、更に進化するのは大歓迎です。とくに、つながりの周辺は、marubinottoさんも進化させるおつもりのようなので、今から楽しみです。とにかく今回の論点は、学問に王道なし、ということでしょう。
そもそも根本的に、図解的、ボトムアップ的、Piggydb的、なタグの運用の仕方をするのであれば、凡人の頭では"この記事ならこのタグ"というというゴールに、最初の記事入力の段階でたどり着けるはずがないのです。つまり、記事入力の段階でタグを当てはめるという作業は、どうしても、検索のためのタグ付け、自分の把握している既存のカテゴリー分類をトップダウン的に当てはめるタグ付けになりがちである、と私は考えます。
最近のPiggydbが、キーワードによる検索能力を高める更新を行っているのも、逆説的にこの考えを裏付けているように感じます。marubinottoさんは、Piggydbにおいて「情報の入力時における検索時の視点の必要性、を出来る限り低くしよう」となさっているのではないでしょうか?

ゆるやかなタグと重み付けされたタグフラグメントの差異と区別 → ...

camiさんの想定されているものとは少し異なるかもしれませんが、強い関係(つながり)と弱い関係(タギング)という二層化されたグルーピングを提供するのがタグフラグメントなんですね。
たとえば、あるタグフラグメントを起点として考えた場合、まずそのフラグメントに「もしかしたら関係あるかも?程度の繋がり」のあるフラグメントをタギングで関連付けておきます(タグフラグメントタグとして貼り付ける)。これが情報収集の段階です。これはゆるい関係なので、いわゆるつながりのようにきちんとした構造(例えば順序)を持たせるわけではなく、単にグルーピングされている状態です。その後、当該タグフラグメントにとって重要だと思えるフラグメントをタギングからつながりに移行させて構造を作っていきます(この移行作業を簡単にできるようにしていく予定です)。これが、Piggydbで提案しようとしている知識構築(情報の重み付け)の核心部分です。タグフラグメントのページを見ると、上部につながり、下部にタギングと、二層のグループがあることが分かるかと思います。
つまり、ゆるい関係はタグによるグルーピングで表現した方が良いかも、ということなのですが。なんとなく関係しているなというフラグメントの集合を選択して、一括タグ付けする機能は既にありますので。
  • #627 強い関係と弱い関係

タグは、いわゆるフォルダ的なカテゴリー分類よりも柔軟な分類手段です。私も当初は疑いなくタグが有用なものだと思ってPiggydbに導入しました。ところが、やはりというか「分類」というのは鬼門でした。データベースが大きくなるにつれて、分類の体系を維持するのが難しくなることに気づきました。何故なら、利用者自身が学習によってよりよい分類方法を発見するからです。そうなった場合、過去のタギングをさかのぼって修正するのは容易ではありません。
結果的に、軽はずみにタグを使うのは良くないな、と考えるようになったわけですが、その一方で、情報を蓄積・整理していく過程で、重要になっていく情報を浮き立たせる手段として、タグが使えるのではないか、という考えがありました。
タグを使わずに、フラグメントとつながりだけで情報を構成していると、情報収集の中心となっているフラグメントがあることに気づきます。それらのタイトルは、自分がフォーカスしている問題だったり、重要なコンセプトを表していたりします。こういったフラグメントを後からタグに変換して、もっと広範囲の情報を収集したり、表示したりできるようにすれば良いのではないかと考えるに至りました。
今までのタギングというのは、コンテンツの中から適当にキーワードをピックアップしたり、自分が知っているカテゴリーの中から選択する、というのが一般的だったのではないかと思います。タグを付ける際、後々どのようなキーワードでその情報を特定できれば便利だろうかと考えるわけですが、Piggydbの利用方法が探索的になればなるほど、その予想は外れる、あるいは利用者自身の成長によってタグツリーが陳腐化してしまう可能性が高くなります。
そこで、タグの役割を少し変えてみて、データベースの中から自然発生的に現れるタグ、あるいは利用者のフォーカスを表すためのタグという形にシフトさせたらどうなるだろう、というのが今回導入されたタグフラグメントで実験しようとしていることです。

上記の2つのバランスを取るためには、つながりとタグの図 解 Piggydb風 | davinci noteの図にある「共通のフラグメントとつながりでつなげる」をイメージすると良いのかなと、漠然と思っています。つまり共通のフラグメントがゆるやかなグルーピングのタグのような役割をするわけです。情報の入力はタグに比べて少し煩雑になりますが、後々にタグフラグメントなどと混ざって混乱することが無くなる方が有益ではないかなと。